”唄”をちゃんと全部思い出せ。
そ う れ ば は 度 は 実 を 持 っ
紛 れ な お 前 の 望 り
俺 、
は
、そ う れ ば は 度 は 実 を 持 っ
紛 れ な お 前 の 望 り
俺 、
は
「っ
夢で目を覚ますなんて、なんだか久しぶりな気がする。
魘されていたりしなかったかと辺りを確認すると、ライゼがすやすや眠っている。
他の仲間も起きた気配はないところを見ると、大丈夫だったらしい。
空の様子を見ると、まだ太陽より月の時間らしかった。月明かりが綺麗。
もう少し寝ようかとも思ったけど、どうにも目が冴えている。
あ、そう言えば少し離れたところに小さな泉があったはず。
顔を洗うついでに1曲弾こうかと、俺はヴァイオリンケースを担いだ。
◆ ◆ ◆
”お前さ、体乗っ取られてたんだぜ?気持ち悪くないわけ?”
顔を洗った後、泉に写った自分を見たら、ふとデオークさんに言われたことを思い出した。
これは、確かに俺の体で。
大切かと言われれば、勿論大切で。
他人に操られることの是非を問われれば、非で。
非である、はず、だけど。
もう一度あの歌を奏でることには、驚くほど抵抗を感じない自分がいるのだった。
「…やっぱり会ってみたい、のかなぁ…」
自分を知っているらしいという、その人物に。
そもそも自分を知っている人というのが、そんなにいるはずはないのだ。
祖父の音楽仲間、隣に住んでいた老夫人…その隣には頑固で有名な老人だったか。
…考えてみると、俺の知り合いは二世代上ばかりだなぁ。
祖父より前に亡くなった人も多い。
祖父が亡くなった後の放浪生活では、知り合いと呼べるような人はいなかった気がする。
…一番近しいのが、質屋の主人、かな。
でも、あのおじさんは黒髪で黒い眼だったはず。
そう、眼。
紅い眼なんて、その中にいた覚えはないのだ。
でも、何故か、本当に何となくだが、見覚えがある気がするのである。
「……………ふぅ。…駄目だ、止めよう…」
自慢じゃないが、難しいことを考えるのが得意でない自信はあるのだった。
直情的ではない(むしろ感情の起伏は少ないと言われる)方だとは思うけれど、
直感的にできることは結構好きだかも知れない。音楽のように。
そんなことを思いながらヴァイオリンを手にとる。
夜中なのでミュートはつけた方がいいだろう。
さて、準備完了。何の曲を弾こうか。
不意に。 繋がる。
ああ。そうか。
最初からあの曲は歌うものじゃない
俺はほとんど無意識に、だけどほとんど確信的にそう思って、無意識にD線に指をかけ、確信的に弓を滑らせた。
ああ、やっぱり、俺はきっと知っているんだ。この音色を。この゛唄゛を。
「
突如目の前に現れたこの人も。
「やっと会えたな?なァ、相棒」
きっと。俺は。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ったく何で毎回毎回俺が皺寄せ喰らうんだよ…!」
なんのことはない、朝起きたらクートが居なくて、俺が探しに行く羽目になっているのである。
勿論面倒くさいので一応の抵抗はしたが、遙さんの命令を断れはずもなく。
…あれ、なんか俺の立場弱くね?
「どうせどっかで道に迷ってるとか雑草食ってるとかそんなオチだろ…」
金もコネも可愛い気もない十八歳男児が誘拐されるとも思えないし。
基本的にアイツは朝が早いから、勝手に散歩に出たりしたことは何度もあるし。
…と、何か聞こえる。ああ、ヴァイオリンだ。
あーそう言えば昨日通った時この辺に綺麗な泉あったな。そこで散歩ついでに演奏しているらしい。
にしても朝から子守唄はねぇだろ。寝る気かよ。
「おいクートお前、朝から捜索に出される俺の迷惑というものをだな…」
と言いつつ茂みから顔を出した俺が見たのは。
木にもたれ掛かってぐったりしているクートと。
「ぁ?あー、この前の金髪じゃねェか。名前何だっけ?お前」
と、ヴァイオリンを弾くのを止めて軽く応える、例の長髪紅眼野郎だった。
「…………………………………………………は?え?」
「蠅?」
「そうそうベルゼブブ……ってんなわけねぇだろ!」
思わずノリツッコミしてしまった。
はいはいはいはい、落ち着け俺。
「うん、よし、俺の名前な。デオーク=レーテルです以後よろしく。 で、あんたはヴィルギルだよな?」
と言うか俺も前回名乗った気がするが。しかもどうでもいいとか言われた気がするが。
「丁度良かったお前コイツ運べ。どうしようかと思っていたところだ」
今度はどうでもいどころかスルーかよ!…ってああうんそれはもういい。
今問題なのはとりあえず俺の名前じゃないな、うん。
「つーか、何、どうしたんだよこいつ…?」
「あー?寝てるだけだ」
「何であんたがいるのに、こいつもここにいるんだ…?乗り移ってるんじゃないのか…?」
前回、俺の目の前で、確かにクートがこの男に変わった。
その間クートはいなくなってたはず、なのに、今は二人が同時に目の前にいる。
「この前は身体の方だったからな。今度は
「…ありませんが」
と言ったら露骨に面倒くさそうに舌打ちされた。
「…まぁ今度は精神力に憑いてるとでも思っておけ」
滅茶苦茶端折られたらしい。…まぁ細かい説明受けたって分からないけど。
「で、コイツは俺を呼ぶことに力を使いすぎて疲れて寝てる。運ぶのが面倒だったからとりあえず放置しておいた」
と、言いつつヴィルギルは手際良くヴァイオリンを片付けている。
…ああ、そういえばさっきの、こいつが弾いてたってことか。
子守唄…って…。いや、なんつーか、似合わねぇな…。
「で、お前は?コイツを捜索に来たって言ったか?」
「え、あ、おう。朝起きたら居ないから、仲間に頼まれて…」
「ふーん、じゃ、行くか。ほら、ソイツかついでけ」
と言うと、自分はヴァイオリンケースを持ち上げてすたすたと勝手に歩き始めた。
「え、ちょ、待っ…行くって!?は!?お前も行くの!?」
「本体とあまり離れるのは無駄な弱化を招くからな。ソイツが戻るなら俺も行かざるを得ない」
俺は慌ててクートを背負って追いかける。
ヒョロっこいのでかなり軽いけど、意識がない人間を運ぶのは割と大変だ。
「っおい、待て!皆にどう説明すんだ!?そもそもお前には説明してもらいたいことが山ほど
「ぁー分かった分かったうるせェな、後で全部説明してやる」
今は少し、機嫌が良いからな。
そう言って不適に笑う横顔からは、この男が何を考えているのかは分からないけれど、
「あ、そうだ金髪、お前名前何だっけ?」
さて、とりあえず、この状況。他の皆にどう説明したものか。
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